システム論システム:システム論システムについて

提供:システム論システム
移動: 案内, 検索

本サイトは、私のシステム論研究を体系化する場であり、私が運営するシステム論ウェブサイトの中核を担うサイトである。「システム論システム」という名称は、英語版のサイトの名称、“Systemics System”を訳したもので、「システム論のシステム(a system of systemics)」という意味である。システム論システムの内容は、本文に譲ることにして、ここでは、なぜこの名称を選んだかについて、説明したい。

日本では「システム論」という呼称が一般に使われているが、英語圏で最もよく使われている呼称は「システム理論(systems theory)」である。この名称は、超領野的なシステム研究のパイオニアであるルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが1968年に出版した『一般システム理論(General System Theory)』の書名に由来している。ベルタランフィは、科学の専門化と研究領域の細分化が、科学者間のコミュニケーションを妨げている現状を憂い、システム一般に適用可能な普遍的原理の理論を求めた。

かくして我々は、一般システム理論と呼ばれる新しい領域を要求する。その主題は、「システム」一般に当てはまるような原理を形成し、導き出すことである。

In this way we postulate a new discipline called General System Theory. Its subject matter is the formulation and derivation of those principles which are valid for “systems” in general. [1]

ベルタランフィの専門は生物であり、彼は、細胞と有機体などのアナロジーに基づいて、システムを要素的部分に対する有機的全体と考えていた。私は、こうした構造的定義は不毛であり、システムを選択の主体と捉える機能的定義を重視するべきだと考える。このように、私は、個別的な議論に関しては、必ずしもベルタランフィに賛同しないが、科学の限界を超えてシステムの普遍的法則を求めた彼の志には共鳴し、それを受け継ごうとする者である。

しかし「一般システム理論(General System Theory)」という名称をそのまま受け継ごうとは思わない。私は、この表現に代えて「システム論システム」という名称を使いたい。そして「システム論」に相当する英語として、“systemics”という単語を選びたい。それにはいくつか理由がある。

まず「システム理論」について検討しよう。ベルタランフィはドイツ語圏の出身であるから、“System Theory”は、おそらくドイツ語の“Systemtheorie”を英語に直訳した表現なのだろうが、英語圏ではこうした合成ができないので、可算名詞の“system”を複数形にして、“systems theory”という連語にしなければならない。ドイツ語の場合、“systemtheoretisch”という一単語を形容詞や副詞として使うことができるが、“systems theory”だと、ドイツ語のように簡単に形容詞句や副詞句にすることができない。

要するに“System Theory”はドイツ語向けの表現であって、英語向けの表現ではないのである。そのためなのか、英語圏では“systemics”という名称も一部の学者の間で使われている。“systemics”は、一単語なので、“systems theory”とは異なって、形容詞“systemical”や副詞“systemically”を簡単に作ることができる。日本語でも「システム理論的な」とか「システム理論的に」といった言い回しは、重々しくてぎこちないが、「システム論的な」や「システム論的に」といった言い回しなら、違和感なく使える。

もとより、この言葉が作られたのは、そうした実用的なメリットからではない。“systemics”という名称を最初に提唱したのは、マリオ・ブンゲであるが、彼は、フォン・ベルタランフィが単数形で語った“System Theory”が、実際には複数の理論の集合であることから、これらの諸理論を包括する学問として“systemics”という呼称を考案した。

諸システムの構造的特徴に焦点を当て、それゆえ、諸学問領域間に立ちはだかる、大概は人為的な障壁を乗り越えることができる諸理論のこの集合をシステム論と呼ぶことにしよう。

We shall call systemics this set of theories that focus on the structural characteristics of systems and can therefore cross the largely artificial barriers between disciplines. [2]

語源的に分析するならば、“systemics”は、“system”に学問名であることを表示する接尾語“-ics”が付いていた語で、“-ics”は、さらに、形容詞を作る接尾語“-ic”と複数形を作る接尾語“-s”からできており、したがって、“systemics”は、「システムに関する諸理論」という意味になる。“systemics”は、単数扱いであるが、もともとは複数概念であるから、一般システム理論が、複数の理論の集合であるならば、単数形の“system theory”よりも“systemics”の方がふさわしいということになる。

日本の翻訳業界は、まだ市民権を得ていない“systemics”の定訳を確立していないが、私は、「システムに関する諸理論」の略称としての「システム論」を“systemics”の訳語に指定したい。「システム論」という名称は、日本ではよく使われるにもかかわらず、それに相当する英語表現はないとされてきたので、“systemics”を「システム論」と訳すことは、孤児と里親を結び付けるようなものなのだが、言語学では、“semantics”を「意味論」あるいは「記号論」と訳し、“pragmatics”を「語用論」あるいは「運用論」と訳すという慣行があるので、私の提案はそれほど無理があるものではないだろう。

次に「一般」の方の検討に入ろう。ベルタランフィは「一般/特殊」の関係を「全体/部分」の関係と捉えていた。

そこで、一般システム理論は、つい最近まで、科学の限界を超える形而上学的な観念と考えられていた「全体」や「全体性」の科学的探究であるということになる。

General system theory, then is scientific exploration of "wholes" and "wholeness" which, not so long ago, were considered to be metaphysical notions transcending the boundaries of science. [3]

ブンゲも、同様の観点から、システム論は、その一般性ゆえに、形而上学的性格を帯びると指摘する。

システム論ないし一般システム理論は、科学的技術的研究領域であり、かつ、哲学にとってかなり関心を惹く対象の一つである。その一般性ゆえに、それは、我々の科学的存在論という意味でと同時に、ヘーゲル以前の伝統的意味で解釈された存在論や形而上学とかなり重複している。

Sysiemics, or general system theory, is a field of scientific and technological research and one of considerable interest to philosophy. Because of its generality it has a sizable overlap with ontology or metaphysics construed in the traditional, pre-Hegelian sense as well as in our own sense of scientific ontology.[4]

この引用に見られるに、ブンゲはシステム論と一般システム理論を同一視しているが、これには賛成しかねる。「一般的(general)」の対概念は、「類(genus)」と「種(species)」の概念対立から、「特殊(special)」であり、科学理論においても、一般相対性理論と特殊相対性理論というように、対にして使われる。ブンゲのように、システム論と一般システム理論とを同一視すると、特殊システム論は形容矛盾ということになるが、語源的に見て、システム論には、一般という意味は無い。システム論は、システムに関する諸理論という意味であるのだから、特殊システム論は、特定のシステムに関する特殊な諸理論、すなわち、特定領域に関する専門科学に相当することになる。

そこで「一般システム理論」は「一般システム論(General Systemics)」に相当するということになる。私も、これを自分のサイトの名称にしようと思ったこともあったが、これだと、個別の特殊システム論(諸科学)を捨象した抽象的な存在論や形而上学しか扱わないという印象を与えてしまうと考え、止めることにした。このサイトが目指しているのは、一般システム論としての哲学と特殊システム論としての諸科学を一つのシステム論のシステムとして集大成することである。

システム論は、ともすれば個よりも全体を重視するホーリズムであると思われがちであるが、私のシステム論は、哲学的にも政治的にもホーリズム(全体主義)を否定する立場にある。学問は、学問であるためには、普遍的でなければならないが、その普遍性は、個の特殊性を捨象した抽象的普遍性ではなくて、特殊性を包摂する具体的普遍性でなければならない。

その理念は、システム論のシステムを構築するときにも生かされなければならない。このサイトは、各ページを、目次に従って、特定の順番で読まなければ理解できないような硬直的な仕組みになっていない。各ページは、検索エンジン経由で来た訪問者が独立した記事として読むこともできるようになっているが、各ページの内容は孤立しておらず、リンクをたどることによって、読者にシステム論の体系性を理解してもらえるようにしている。

最後に、システム論のシステムがなぜ必要なのかについて述べよう。ベルタランフィが指摘したように、科学の専門分野は、科学の進歩と共にますます細分化され、「木を見て森を見ず」とでも言うべき弊害が深刻化している。一般的に言って、学問を専門化すればするほど、個別的な情報の量は増えるが、普遍的な法則は発見されにくくなる。このサイトを通じて、私は、専門分野の壁を越えたシステム論の探求により、まだ世界の誰もが発見しなかったような普遍的法則を探していきたい。

出典

  1. Ludwig Von Bertalanffy, General System Theory: Foundations, Development, Applications, p.32
  2. Mario Bunge, Treatise on Basic Philosophy: Volume 4: Ontology II: A World of Systems, p.1
  3. Ludwig Von Bertalanffy, General System Theory: Foundations, Development, Applications, Preface to the Revised Editon XX
  4. Mario Bunge, Treatise on Basic Philosophy: Volume 4: Ontology II: A World of Systems, p.3
個人用ツール
変種
操作
Sponsored Links
Recommended Books
案内
ページ
情報
ウェブサイト
ツールボックス
他の言語